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福岡高等裁判所 昭和57年(う)379号 判決 1982年10月21日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

控訴趣意第一(有線電気通信法に関する法令の解釈適用の誤り)について

所論は要するに、有線電気通信法二一条にいう「有線電気通信」とは同法二条一項に規定されているとおり「送信の場所と受信の場所との間の線条その他の導体を利用して、電磁的方式により、符号、音響又は影像を送り、伝え、又は受けること」を意味するところ、被告人が原判示電話回線に接続して取り付け使用した「マジックホン」と称する電気器具は、原判示度数計器に料金課金パルスを伝えることを妨害するにすぎないところ、右料金課金パルスは電気信号に変換される符号、音響又は影像のいずれにも該当せず、単なる信号にすぎないものであるから、右電話回線にマジックホンを取り付け使用した被告人の原判示所為は同法二一条にいう「有線電気通信を妨害した」ことにあたらない。しかるに、これを積極に解した原判決は、同法の解釈適用を誤つたものである、というのである。

そこで検討するに、所論は右料金課金パルスが前記「符号」に該当せず、右度数計器の作動が前記「有線電気通信」に該当しないことを前提とするものであるところ、なるほど所論のマジックホンと称する電気器具が電話設備による通話を妨害するものではなく、電話設備に接続して取り付け使用されることによつて電話設備の度数計器に料金課金パルスを伝えることを妨害し、電話使用料の登算を阻害するものにすぎないこと、及び有線電気通信法にいう符号とは意思、感情、事実などを相手に認識できる形、音、光などの組合せにより表現したものをいい、同法にいう信号とは限定された意思又は事実を単純に伝達して他人の注意を喚起する程度のものをいうことはいずれも所論の指摘するとおりである。

しかしながら、右料金課金パルスは、非常ベルのように単純に他人の注意を喚起する程度の事実を伝達するものではなく、電話回線による送受信者間の距離と通話時間とに応じて内容の特定される電気的情報である料金計算の事実を伝達するものであつて、いわば電信に使用するモールス符号と同様ないし同等の機能、性格を有するものである。のみならず、有線電気通信法二一条は有線電気通信の安全・円滑を保護することを目的とし、その安全・円滑は有線電気通信事業の効率的、経済的経営が確保されることを必要とするものであるところ、電話設備においては右の効率的、経済的経営は固有の有線電気通信設備による通信のほか、これに付帯して設置され、同設備使用の報償である料金計算の事実を伝達する度数計器の作動が円滑に行われてはじめて機能を果すことができるものというべく、したがつて、この面においても同法二一条にいう有線電気通信設備は固有の同設備の効用を助ける立場にあつてこれと結合している右度数計器と合わせ一体としてこれを考察すべきである。そうすると、右料金課金パルスは前記信号ではなく、前記符号であり、かつ、同条にいう有線電気通信は固有の電話設備による通話のほか右度数計器の作動を含むと解するのが相当である。してみると、所論は既に前提を欠いて失当である。

原判決には所論のような法令の解釈適用の誤りはない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二(業務妨害罪に関する法令の解釈適用の誤り)について

所論は要するに、刑法二三三条後段の業務妨害罪における保護法益は人の社会的行動の自由であつて、財産権又は財産的利益ではないところ、被告人の原判示所為は「マジックホン」と称する電気器具を電話回線に取り付けて使用し、原判示度数計器作動に基づく通話料金の計算課金を不能にしたものにすぎないから、直接的には日本電信電話公社(以下「公社」という。)の有する通話料金請求を侵害し、その結果間接的に公社の料金徴収業務の運営を侵害したにすぎず、公杜の電気通信業務を妨害したものではないから、公社の業務を妨害したことにあたらない。しかるに、これを積極に解した原判決は、同条の解釈適用を誤つたものである、というのである。

しかしながら、右業務妨害罪における業務とは人がその社会上の地位において継続的に行う事務をいうものであるところ、公社の営む固有(狭義)の有線電気通信活動はもとより、その効用を助けるために付帯して行うその度数料計算活動も公社がその社会上の地位において継続的に行う事務であることは明らかであり、他方、被告人の原判示所為は公社の有する電話料金債権の帰属自体を侵害するものでも、あるいは右債権の目的たる給付を侵害して同債権を消滅させるものでもなく、電話料金を算定する度数料の登算を阻害するものであるから、所論のように公社の有する債権を直接侵害したものではなく、公社が継続して行う右度数料計量に基づく通話料金課金事務を妨害したものであるといわなければならない。

なお、所論は度数料の登算を阻害する行為は公衆電話に偽貨を投入して通話をする行為と本質を異にするものでないというのであるが、後者は公社の営む狭義の有線電気通信活動を妨害するものでも、あるいはこれに付帯する度数料計量活動を妨害するものでもなく、単に一回的な通話料金徴収事務を妨害するものにすぎないのに反し、前者は公社が継続して行う度数料計量事務を妨害するものであつて、両者は本質的な差異を有するというべきであるから、右は独自の見解であつて採用するに由ないものである。

したがつて、原判決が被告人の原判示所為は公社の通話料金課金業務を妨害したものであると解したのはもとより正当であつて、その法律の適用に誤りは認められない。

原判決には所論のような法令の解釈適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

控訴趣意第三(事実誤認等)について

所論は要するに、原判決は被告人が偽計を用いて公社の通話先電話に対する通話料金課金業務を妨害する故意を有し、かつ、約二〇〇回にわたり度数計の作動を不能にするとともに通話料金課金業務を妨害した事実を認定するが、右はいずれも誤認である。被告人は原判示の電話回線に「マジックホン」を取り付けたとき購入者側から拡声装置だけでよいと言われたため料金課金パルスを妨害するスイッチは切つて帰つたものであるから右妨害の故意を欠き、また、赤電話から原判示加入電話にかけられた通話については右「マジックホン」による料金課金パルスの妨害はなされないものであるところ、原判示期間中赤電話以外の電話から右加入電話にかけられた通話回数は不明である。更に、被告人は本件マジックホンメーカー及び弁護士からマジックホンは現段階において一切の法律に触れない旨説明を受け、これを信じていたものであるから違法性の認識もなかつたものであり、被告人の本件所為は可罰的違法性を欠くものである。しかるに、原判決が以上の点をいずれも積極に認定したのは事実を誤認し、又は法令の解釈適用を誤つたものである、というのである。

しかしながら、原判決挙示の関係証拠によれば、

1  当時被告人は原判示マジックホンの主たる用途は同マジックホンを取り付けた当該加入電話にかけた電話の使用料金を無料にするものであることを知悉していたこと、

2  被告人らが原判示の昭和五五年八月二五日ころ同判示の野津運送株式会社野津営業所の加入電話に同マジックホンを取り付けて帰つた後同所従業員らがそのスイッチをいじつたことは全くなかつたのに、その後同会社運転手が公衆電話から右加入電話に電話をかけて通話をしたうえ受話器を置くと、これをかける前に投入していた一〇円硬貨が戻つてきたこと、

3  同営業所の加入電話に右マジックホンを取り付けた昭和五五年八月二五日ころからこれを取りはずした同年九月中旬ころまでの間右電話に電話がかかつてきた回数は約二〇〇回であつたこと、

4  同営業所の加入電話にかかつてくる電話は殆ど右会社従業員からのものであるが、同人らが公衆電話によつて右加入電話に電話をかけるのは運転手が事故又は故障を起こしたときくらいであるから、減多になかつたこと

以上1ないし4の事実を認めることができ、右各事実を総合すると、被告人は原判示の電話回線にマジックホンを取り付けた後料金課金パルスを妨害するスイッチを切ることなく退去したものであつて、偽計を用いて公社の前記通話先電話に対する通話料金課金業務を妨害する故意を有し、かつ右の期間約二〇〇回にわたり原判示度数計の作動を不能にするとともに通話料金課金業務を妨害したことを肯認するに十分である。

更に、所論は被告人に違法性の認識がなかつたことを理由に被告人の故意を否定するのであるところ、所論は違法性の認識を故意の要素とする見解に立つものと思われるが、犯意の成立に違法性の認識は必要としないものである(最高裁判所第三小法廷昭和二四年一一月二八日判決、刑集四巻一二号二四六三頁等参照)。のみならず、電話使用料が無料になるような機械の取付が容認されるならば公社の電話経営は成り立たないことは何人でも容易に認識しうることであり、被告人の司法警察員に対する昭和五五年一二月九日付供述調書に現われるように、被告人自身本件マジックホンを販売する目的でこれをメーカーから購入した際、電話使用料をただにする機械を販売取付するのは後ろめたい気持がするので、右メーカーに対しこれにスピーカーをつけるなど他の機能を追加してはどうかと申し入れていることにかんがみると、被告人らがマジックホンの取付使用をすることの許されないことを知り又は知りえたことは十分窺われるところである。したがつて、所論は前提を欠いて失当である。

なお、被告人の原審公判廷における供述、被告人の司法警察員に対する昭和五五年一二月一〇日付供述調書及び被告人の検察官に対する昭和五六年四月一〇日付供述調書中右認定に反する部分は、いずれも原判決が証拠とするその他の関係証拠に現われる前記事実と対比してたやすく信用することができない。

しかして、以上説示の事実関係に徴しても、被告人の原判示所為は、その動機、手段、方法、態様において明らかに社会的相当性を欠き、刑法二三三条、有線電気通信法二一条の各犯罪構成要件の類型的に予想する可罰的違法性を十分具有するものである。

以上のとおりであるから、原判決には所論のような事実誤認や法令適用の誤りを発見することはできない。各論旨はいずれも理由がない。

それで、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(吉永忠 池田憲義 松尾家臣)

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